東京高等裁判所 平成11年(ネ)2443号 判決 1999年12月16日
控訴人・附帯被控訴人(原告)
貴島法子
ほか二名
被控訴人・附帯控訴人
吉住敬
主文
一 控訴人らの本件各控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人貴島法子に対し金九九〇万円、控訴人貴島晃に対し金五五二万〇〇九五円、控訴人貴島恭子に対し金四五九万〇〇九五円及び右各金員に対する平成七年三月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて五分し、その三を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。
四 この判決は、第一項1につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人貴島法子に対し金一五八〇万円、控訴人貴島晃に対し金一五七六二二七八円、控訴人貴島恭子に対し金一四五六万二二七八円及び右各金員に対する平成七年三月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 二項につき、仮執行の宣言
第二附帯控訴の趣旨
一 原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。
二 右取消部分にかかる控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第三事案の概要
一 本件は、交通事故により死亡した被害者の遺族である控訴人らが、加害者である被控訴人に対し、損害賠償を求めた事案である。被控訴人は、夜間、幹線道路の車道部分に横臥するかそれと同様の状態にあった被害者を轢過したものであり、発見困難な状況にあったなどとして、被害者に少なくとも七割の過失があると主張した。これに対し、控訴人らは、被害者は路上に横臥していたものではなく、横断歩道付近を、両手と両足を地面につけ、腰高の状態で這うようにして進行しているところを轢過されたものであり、被控訴人は直ちに停車もしていないなどとして、被控訴人の過失の割合は少なくとも七割であると主張した。
原審裁判所は、被害者は両手両足を路面に着けて体を支えた四つん這い状態になって動いているところを轢過されたものであり、被控訴人は、衝突まで被害者に全く気づかず、衝突を感じたのに直ちに停止もしていないなど、その過失は大きいが、被害者にも幹線道路の真ん中に立ち入るなど過失が少なくないとして、四割の過失相殺を認めた。そこで、過失相殺の割合などに不服の控訴人らが控訴し、被控訴人も、損害額の認定に不服があるとして附帯控訴したものである。
二 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実並びに争点は、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」の一、二(原判決三頁九行目から五頁九行目まで)記載のとおりであるからこれを引用する。
第四当裁判所の判断
一 当裁判所は、過失相殺により控訴人らの損害額を減ずる割合は三割が相当であり、控訴人らの請求は主文掲記の限度で理由があると判断するものであり、その理由は、次の二のとおり、原判決に対する付加、訂正をし、三のとおり、当事者双方の当審における主張とこれに対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第三「争点に対する判断」の一ないし六(原判決五頁末行から二八頁一〇行目まで)に説示のとおりであるからこれを引用する。
二 原判決の付加、訂正
1 原判決九頁七、八行目の「フロントバンパー、」の次に「スカート部、」を加える。
2 同一四頁八行目の「甲三九」の次に「、四〇」を加え、同行目の「頭部に強打を認めない」を「頭部レントゲン写真(甲四一)によっても頭部に強打した痕跡は認められない」と改める。
3 同一五頁二行目の「同意見書は」から三行目の「問題はあるが、」までを削除し、五行目の「不合理ではなく」から八行目の「もっとも」までを「不合理ではないが」と改める。
4 同一八頁二行目の「感じた位置は」の次に「実況見分調書(甲一)に記載のあるとおり」を加える。
5 同二二頁一行目の「飲食した」の次に「が、達也は、そのうち、ビールジョッキ二本、日本酒しぼりたて(小)一本の半分、生酒(大)一本の四分の一、生酒(小)二本程度を飲酒した」を加える。
6 同二四頁六行目の「また」から二五頁一行目までを削除する。
7 同二五頁一〇行目の「過失が大きい」を「その過失は極めて大きい」と改める。
8 同二六頁四、五行目の「もう少し慎重な運転が望まれるところであった。」を「右のとおり前方不注視が著しい状態で進行したことは、重大な過失というべきである。」と改め、七行目の「酔余のこととはいえ、」を削除する。
9 同二七頁二行目の「そのことを」から三行目の「少なくない。」までを「そのことは、達也と被控訴人との間の過失割合を判断する上で影響を与える事柄ということはできず、右のとおり達也に極めて危険の高い軽率な行為があった以上、達也の過失も少ないとはいえない。なお、控訴人らは、達也の酩酊の程度を問題にするが、前記認定のとおり、達也が路上に横臥していたものではなく、両手両足を路面に着けて体を支えた四つん這い状態になって動いていたと認められる以上、達也の酩酊の程度いかんによって過失相殺の割合が左右されるような事故態様の違いをもたらすものとは認められず、酩酊の程度の認定が過失相殺の割合を判断する上で影響するものということはできない。」と、五行目の「四割」を「三割」とそれぞれ改める。
10 同二八頁四行目の「拝察」を「推察」と改める。
11 原判決添付の別紙損害計算表を本判決の別紙損害計算表のとおり改める。
三 当事者双方の当審における主張とこれに対する判断
1 控訴人らの主張について
控訴人らは、達也の酩酊の程度は低く、本件事故の態様に照らせば、被控訴人の過失割合は優に八割は認められるべきであると主張する。
しかし、達也の酩酊の程度が低ければ、かえってその判断能力に照らし達也の不注意の程度が大きくなるといえるのであって、控訴人らが達也の酩酊の程度について主張することは、過失相殺に関する主張としては失当である。
2 被控訴人の主張について
(一) 被控訴人は、達也には扶養する子供がなく、配偶者も相続放棄しているのであるから、一家の支柱としての死亡慰謝料の額を積算することは不当であるにもかかわらず、原判決は二五〇〇万円を計上するという誤りを犯しているものであって、本件の場合、どんなに多く見積もっても、二二〇〇万円が相当であると主張する。
しかし、甲四七によれば、達也の配偶者であった控訴人貴島法子が相続放棄をしたのは、達也が両親である控訴人貴島晃及び控訴人貴島恭子と同居するために平成二年に新築した二世帯住宅の三〇年ローンの債務承継者になっていたが、達也の死亡により将来ローンの支払に窮することが予測されたことから、自賠責保険金でローンの返済をすることとし、控訴人貴島法子が自賠責保険金の支払を受けてこれを控訴人貴島晃名義のローンの返済に充てると税金がかかることから、控訴人貴島法子の判断において相続放棄をして、控訴人貴島晃及び控訴人貴島恭子が自賠責保険金を受領できるようにしたものであることが認められる。したがって、達也に扶養する子供がなく、配偶者も相続放棄しているからといって、原判決認定の二五〇〇万円の慰謝料額が過大であるということはできない。
(二) 被控訴人は、達也の当時の基礎収入額及び家族数に照らし、逸失利益の算定における生活費控除の割合を四〇パーセントとした原判決の判断には誤りがあり、少なくとも生活費控除の割合を五〇パーセントとするべきであると主張する。
しかし、控訴人貴島法子の相続放棄の事情は前記認定のとおりであり、達也が既婚であるとして生活費控除の割合を四〇パーセントとした原判決の判断に誤りがあるということはできない。
(三) 被控訴人は、いかなる理由があるにせよ、自動車運転者として、多数の自動車が通行する幹線道路を、自動車のバンパーより低い位置で四つん這いになって横断する者を予測することは、困難というほかなく、本件事故発生の原因を作ったのは、何よりも、泥酔の上で四つん這いになって道路の横断をしていた達也なのであるから、いかに低く見積もっても、達也の過失は六割を下回ることはないと主張する。
しかし、被控訴人の前方不注視が著しかったことは原判決が認定するとおりであり、重大な過失と評価することができ、また、衝突を感じたのに直ちに停止しなかったことによる過失も極めて大きいと評価できるから、被控訴人の過失は達也の過失に比べてはるかに大きく、被控訴人の過失割合を七割、達也の過失割合を三割と認めるのが相当である。
第五結論
以上によれば、控訴人らの被控訴人に対する請求は、主文掲記の限度で理由があり、その余は理由がないから、控訴人らの本件各控訴に基づき、これと異なる原判決をその旨変更することとし、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 原健三郎 橋本昌純 岩井伸晃)
損害計算表
請求額 認定額 根拠等
(1) 達也の損害
1 入院関係費 97,898 97,898 争いがない
2 入院雑費 1,000 1,000 争いがない
3 文書料 1,600 1,600 争いがない
4 逸失利益 41,780,720 41,780,720 下記注1
5 合計 41,881,218 41,881,218
(2) 法子の損害
1 慰謝料 15,000,000 13,000,000
2 過失相殺 0 30%
3 相殺後残額 15,000,000 9,100,000
4 弁護士費用 800,000 800,000
5 合計 15,800,000 9,900,000
(3) 晃の損害
1 葬儀費用 1,200,000 1,200,000 甲10~17
2 慰謝料 7,500,000 6,000,000
3 相続分 20,940,609 20,940,609 (1)5の2分の1
4 小計 29,640,609 28,140,609
5 過失相殺 0 30%
6 相殺後残額 29,640,609 19,698,426
7 損害填補 14,678,331 14,678,331 下記注2のf
8 填補後残額 14,962,278 5,020,095
9 弁護士費用 800,000 500,000
10 合計 15,762,278 5,520,095
(4) 恭子の損害
1 慰謝料 7,500,000 6,000,000
2 相続分 20,940,609 20,940,609 (1)5の2分の1
3 小計 28,440,609 26,940,609
4 過失相殺 0 30%
5 相殺後残額 28,440,609 18,858,426
6 損害填補 14,678,331 14,678,331 下記注2のf
7 填補後残額 13,762,278 4,180,095
8 弁護士費用 800,000 410,000
9 合計 14,562,278 4,590,095
注1 達也の逸失利益計算諸元
a 基礎所得額 4,166,938 甲9
b 生活費控除 40% 既婚、子なし(甲6)
c 労働可能年数 37 死亡時30歳(甲6)
d ライプニッツ係数 16.7112
注2 自賠責給付金等の充当関係
a 被控訴人支払額 89,658
b 自賠責給付額 30,010,840 8月31日支払
c 計算基礎額 30,000,000
d 日数 181 事故日~支払日の日数
e 遅延損害金に充当 743,835 c*0.05*d/365
f 損害填補額 14,678,331 (a+b-e)/2